曲目解説 (三輪 壮一)
本日は、「いのちへの賛歌」と題して、犬・猫などの身近なペットから、鳥や蛇に至るまでの様々な動物たちをテーマにした曲を演奏いたします。
動物は、昔から作曲家の創作意欲を刺激する重要なテーマでした。皆さん良くご存知の作品では、ひばり (ハイドン)、鱒 (シューベルト)、子犬のワルツ (ショパン)、白鳥の湖 (チャイコフスキー)、ピーターと狼 (プロコフィエフ)など、枚挙にいとまが有りません。本日の演奏で、作曲家が動物たちの表情や仕草をどの様に表現しようとしたのか、楽しんで聴いていただけると幸いです。
ところで、作曲家の中で大の愛犬家として知られているのは、ワーグナーとエルガーです。ワーグナーは、大型の愛犬ロッバーの為に、馬車ではなく船による旅路を選んで大嵐に遭遇、その経験が「さまよえるオランダ人」という大作オペラに結び付いた、とのこと。またエルガーの最後の作品「ミーナ(Mina)」は、愛犬ミーナに対するエルガーの慈愛に満ちた暖かい眼差しが感じられる小品です。愛するペットとの交流が、作曲家の創作意欲を支えていた例と言えるでしょう。
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1. こどものためのピアノ連弾小曲「カーニバルがやってきた」 平吉毅州 (1936-1998) <連弾>
平吉毅州は、数多くの合唱曲を作曲しましたが、晩年は子供の為のピアノ曲に力を入れた人です。この「カーニバルがやってきた」は、次の5つの曲からなる、洒落た親しみやすいピアノ連弾曲集です。「こどものため」とは言いながら、技巧的にかなり難しい曲です。
@いたずら仔猫が二匹もいたのさ:仔猫たちが無邪気に戯れる様子を現した、軽妙で洒落た雰囲気の曲。
A月明りにおどっているのはだれ:軽やかながら、どこか哀愁を帯びたワルツ。
B四月の風は花の匂いをはこんでくる:春の訪れを優しく穏やかに表現した曲。この曲集の中で最も人気が高い。
C遠い日の舟歌:哀愁を帯びた抒情性豊かな曲
Dカーニバルがやってきた:カーニバルの華やかな雰囲気を現す、明るくて活発な曲。
2.滑稽なスケルツォ 〜猫とねずみ〜 コープランド (1900-1990)
アメリカの作曲家コープランドが1920年に作曲した曲で、猫とねずみの追いかけごっこをユーモラスに描いています。ちょこちょこ動き回るねずみを猫が激しく追いかけたり、お互い疲れて休戦したり---、まさに漫画の「トムとジェリー」の世界ですね。そして、最後は「びっこをひく様に」との作曲家の注記があり、おそらく猫が怪我をして立ち去る様子を描いたものと思われます。いろいろ想像しながら聴くと楽しい曲です。
3.華麗なる円舞曲 作品34-3 「猫のワルツ」 ショパン (1810-1849)
ピアノの詩人ショパンの初期の作品で、速くて快活なワルツです。「猫のワルツ」という俗称は、中間部の上下する音型が「鍵盤の上を走り回る猫を想像させるから」と言われていますが、真偽の程は定かではありません。皆さんはどの様に聴かれるでしょうか?
4.ワルツ第6番 作品64-1 「子犬のワルツ」 ショパン (ゴドフスキー編曲)
「子犬のワルツ」はショパン晩年の作品で、子犬が自分の尻尾を追ってぐるぐる回る様子を描いた、と言われています。ショパンのワルツの中で、特に人気の高い曲です。
こんな可愛らしい曲も、ゴドフスキーの手にかかると、何とも洒落た遊び心に溢れた曲に変身します。ゴドフスキー(1870-1938)は超絶技巧で知られたポーランドのピアニスト兼作曲家で、バッハ、シューベルト、ショパン等数多くの編曲も手掛けています。特にショパンのエチュード(練習曲)の編曲は原曲をはるかに凌ぐ難易度で知られています。
5.屋根の上の牛 ミヨー (1892-1974) <連弾>
フランスの作曲家ミヨーによるバレエ音楽。「屋根の上の牛」という名前の酒場での賑やかで楽しい雰囲気が描かれています。もともとはチャップリンの無声映画の音楽として作曲され、後にバレエ音楽に編曲されました。ミヨーがブラジルに滞在した時に知った数多くの大衆音楽や舞曲が使われています。本日はミヨー自身のピアノ連弾版により演奏します。
6.ホピ族のヘビ踊り ジョリヴェ (1905-1974) <2台ピアノ>
フランスの作曲家ジョリヴェは、原始呪術や魔術的な力への回帰といった神秘的な題材を好んだ人です。1948年米国旅行中のジョリヴェは、ホピ族のヘビ踊りの絵葉書を見て、この曲を作曲したとのこと。ホピ族は、アメリカのアリゾナ州北部に住むインディアンの部族で、豊作に感謝する為に、蛇を口に咥えながら踊る「ヘビ踊り」という宗教的な儀式を行っていました。この曲は複雑な変拍子や不協和音の連続で、原始的で陶酔的な儀式の雰囲気を表現しています。
7.ブラックバード デュティユー (1916-2013)
デュティユーは、メシアン、ブーレーズと並んで20世紀後半を代表するフランスの作曲家です。ドビュッシーやラヴェル等 のフランス音楽の伝統を踏襲しつつ、いかなる流派にも属さず独自の道を歩んだ人です。
ブラックバードはデュティユーの数少ないピアノ作品の一つで、1950年に書かれた小品です。
美しい歌声で知られるブラックバード(クロウタドリ)の鳴き声や羽ばたきの様子が効果的に描かれています。
8.悲しい鳥 モンポウ (1893-1987)
スペイン(カタルーニャ)の作曲家モンポウは、主にピアノの小品を書いた人で、その作風は「静謐」で「内省的」と評されています。「悲しい鳥」は、モンポウ初期の代表作である「内なる印象」(全9曲)の内の1つ。モンポウの父親が飼っていたベニヒワの鳴き声が動機として現れます。素朴ながらとても繊細で静かな美しい曲です。
9.2つの小品 黒い蝶、白い蝶 マスネ (1842-1912)
マスネは「タイスの瞑想曲」などの美しいメロディーで有名なフランスのオペラ作曲家です。彼は若い頃はリストに認められる程のピアノの腕前の持ち主で、ピアノの小品も残しています。この「2つの小品」はマスネ最晩年の曲で、黒い蝶は妖艶に飛び回り、白い蝶はおっとり優雅に描かれます。
10.動物の謝肉祭 サン=サーンス (1835-1921) <2台ピアノ>
いろいろな動物たちの名前が付けられた14曲からなる組曲です。もともとはプライベートな夜会で演奏されることを目的として作曲されました。他の作曲家の作品を風刺的に使用していることもあって、サン=サーンスは自身が作曲した「白鳥」を除いて、生前にこの曲の楽譜を出版させなかった、とのことです。
原曲は管弦楽曲(2台のピアノも使われている)ですが、今回はRalph Berowitzが2台のピアノ用に編曲した版で演奏します。
@序奏と獅子王の行進:序奏の後、堂々とした行進曲となります。
Aめんどりとおんどり:賑やかに鳴く鶏たちが描かれます。
Bらば:ユニゾンで忙しく動き回ります。
C亀:オッフェンバックの「天国と地獄」に出てくる軽快なギャロップを超低速で演奏します。
D象:ベルリオーズの「妖精の踊り」やメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」の旋律を重々しいワルツに仕立てています。
Eカンガルー:軽快に飛び回る様子が描かれます。
F水族館:キラキラ光る水や魚の様子が描かれます。
G耳の長い登場人物(飼いならされた従順なろば):人をくった様な鳴き声。サン=サーンスに辛辣な批評を行う 評論家達への皮肉を表現した、と言われています。
H森の奥のかっこう:物悲しく静かに鳴くかっこう。
I大きな鳥籠:華やかに鳴き交わす鳥たち。
Jピアニスト:単純な旋律の練習を不器用に繰り返すピアニストたち。人間も動物の一種です。
K化石:作曲家自身の「死の舞踏」や「セヴィリアの理髪師」の旋律、「キラキラ星」、「月の光」(フランス民謡)などが化石(古臭い曲)として現れます。
L白鳥:全曲の中で最も有名な、優美で美しい曲。チェロの独奏曲としてよく演奏されます。
M終曲:これまで登場した動物達が再登場して、華やかに終わります。
(文責:三輪 壮一)