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曲目解説 (三輪 壮一)
愛と喜びと
「愛」はまさに芸術の源泉。それは音楽の世界でも同じです。いつの世も、音楽家たちは自らの愛の心情を音に込めて、愛する人に“愛の調べ”を捧げてきました。本日はその中から、作曲家たちが「愛の喜び」に浸りながら作った曲を中心にお届けします。
「愛の喜び」と言っても、作曲した動機や状況は様々。親しい友情を示す愛、生涯の伴侶に対する慈愛に満ちた愛、可愛くてたまらない娘への愛、そして究極は人妻との許されざる愛
等々。
本日は、様々に異なる愛の表現を比較しながら、音楽を楽しんでいただけたら幸いです。
愛の夢 第3番 変イ長調 リスト Liebestraume No.3 F. Liszt
愛の夢は、リストがもともと歌曲として作曲した3曲を、自らピアノ独奏曲に編曲したもので、「3つの夜想曲」の副題を持ちます。本日は、その中で最も有名な「第3番」を演奏します。
「第3番」の原曲は、「おお、愛しうる限り愛せ」 "O lieb so lang du lieben kannst" と言う歌曲です。題名から察すると恋人に対する情熱的な愛を表現した様に感じますが、実際はより大きな人間愛、見返りを求めない無私で真摯な愛、を描いた歌曲の様です。この崇高な愛が、この上なく甘美な旋律で綿々と歌われます。こんな曲でプロポーズされたら女性の皆さんイチコロですね。
愛の悲しみ ラフマニノフ=クライスラー Liebesleid Rachmaninov=Kreisler
愛の喜び ラフマニノフ=クライスラー Liebesfreud Rachmaninov=Kreisler
フリッツ・クライスラー(オーストリアの作曲家・ヴァイオリニスト)が作曲した、ヴァイオリンとピアノの為の同名曲を、ラフマニノフがピアノ独奏曲に編曲したものです。クライスラーとラフマニノフは、一緒に演奏・録音したり、互いに曲を献呈しあう等、非常に親交が深かった様です。
「愛の悲しみ」の原曲は、文字通り悲しい気分を優美な旋律で描いています。ラフマニノフによる編曲では、内声に半音階の音型を入れることで、原曲に漂う哀愁感をより強調した曲になっています。
「愛の喜び」の原曲は、愛がもたらす喜びや快活な気分を、小粋で愛らしいウィンナワルツのメロディーで表現した曲です。ラフマニノフによるピアノ編曲は、なかなか技巧的で華やかな曲になっています。
喜びの島 ドビュッシー L’Isle joyeuse C.Debussy
この曲は、ドビュッシーが、人妻エンマ・バルダックと駆け落ちした旅行先の、ジャージー島で作曲されたものです(まさに、許されざる恋の絶頂期に書かれた曲です)。
技巧を駆使した華やかな色彩感が印象的で、恋する喜びの高揚した気分が率直に表現されています。
子供の領分 ドビュッシー Children’s Corner C.Debussy
愛娘クロード・エンマ(上記のエンマ・バルダックとの間に生まれた子)の為に書いた、6つの小品から成る組曲。ドビュッシーは、このエンマを溺愛しました(愛称の“シュウシュウ”はキャベツの意味ですが、フランスでは愛情や親しみを込めた呼びかけに使うようです)。この曲集の冒頭に、彼はこんな言葉を添えています。
「可愛いシュウシュウちゃんへ。あとに続くものへの、おまえのお父さんの優しいお詫びを添えて」(あとに続くものとは、クレメンティの練習曲集をもじったものと思われます)。
なお、愛娘にイギリス人の家庭教師を付けていたこともあり、曲全体の題名も、各曲の題名も全て英語で綴られています。
第1曲:グラドゥス・アド・パルナッスム博士 Doctor Gradus ad Parnassum
クレメンティの練習曲集のパロディで、「退屈な練習から早く逃げ出したい!」と思う子供の気持ちを表現した曲。
第2曲:象の子守歌 Jimbo’s Lullaby
シュウシュウが毎晩抱きしめて寝たベルベットの象が主題となっています。
第3曲:人形のセレナード Serenade of the Doll
ギター伴奏を想定したスペイン風のセレナードです。
第4曲:雪は踊っている The snow is dancing
静かに降る雪を、窓辺で飽きることなく眺める子供を描いています。
第5曲:小さな羊飼い The little Shepherd
これもシュウシュウが愛用していた、羊飼いを描いたおもちゃが主題となっています。
第6曲:ゴリウォーグのケークウォーク Golliwogg’s cake Walk
当時流行った人形(黒人の男の子のキャラクター)が、ギクシャクとぎこちなく踊っている姿を現しています。6曲の中で一番有名な曲です。
子供の情景 作品15 シューマン Kinderszenen Op.15 R.Schumann
シューマンがクララと結婚する前(勿論、未だ2人の間に子供はいません)、クララを思いながら作曲した13曲の小品集。シューマンがクララ宛に書いた次の手紙には、クララに対する彼の微笑ましい愛情が感じられます:「??? 以前あなたは、僕がときどき子供のように見える、と書いたことがありましたね。これはそのあなたの言葉への、音楽による返事のようなものです ― 手短かに言えば、そうですね、まるで僕自身が裾の広いドレス(*)を着ているような具合で、30曲ほどのおどけた小さな曲を書き、その中から12曲(**)を選んで「子供の情景」という題名を付けました。きっとあなたはこれらの曲を楽しんでくれるでしょう。」
*子供時代に着たドレス、と言う意味に思われます。
**1838年3月に書かれた原文では12曲となっています。
この「子供の情景」は、娘への愛の表現だったドビュッシーの「子どもの領分」とは異なり、大人が過ぎ去った子供の頃を思い出して懐かしむという、あくまでの大人の為の作品となっています。
(1) 見知らぬ国から
(2) 珍しいお話
(3) 鬼ごっご
(4) おねだりする子供
(5) 満たされた幸福
(6) 大変なできごと
(7) トロイメライ(夢)
曲集の中で最も有名で、単独で演奏される機会が多い曲です。
(8) 暖炉のそばで
(9) 木馬の騎士
(10) むきになって
(11) こわいぞ
(12) 子供は眠る
(13) 詩人のお話
ピアノ・ソナタ ホ短調 作品 7 グリーグ Piano Sonata in E minor, Op.7 E. Grieg
古今の作曲家の中で一番の愛妻家と言えば、ノルウェーの作曲家、グリーグの名を挙げることになるでしょう。何しろ、彼の歌曲は全て、愛する妻ニーナの為に書かれたのですから。
「私は素晴らしい声とそれと同じく素晴らしい解釈者としての才能を持った一人の若い女性を愛したのです。この女性は私の妻となり、今日までずっと私の人生の伴侶であり続けています。彼女はおそらく私の歌曲の唯一の真の理解者です。私の歌曲は-----すべて彼女のために書かれたのです。」
一方、グリーグは数多くのピアノの小品を残し、「北欧のショパン」とも称されました。このピアノ・ソナタは、彼がニーナと婚約した、正に喜びの絶頂の年に作曲されました。したがって、全体として若々しくエネルギッシュな表現が目立ちますが、第2楽章は、グリーグらしい抒情性に溢れた美しい曲です。
因みに、2017年はグリーグの没後110年に当たります。
第1楽章 アレグロ・モデラート
第2楽章 アンダンテ・モルト
第3楽章 アラ・メヌエット・マ・ポコ・ピウ・レント
第4楽章 モルト・アレグロ