「曲目解説」 (三輪 壮一)
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● バッハへのオマージュ
皆さんは、バッハについてどんなイメージをお持ちですか? 「厳めしい顔をした近寄りがたいオジサン」と思われる方も多いのではないでしょうか。確かにバッハは、西洋音楽の基礎を創り上げた真に偉大な作曲家であり、後世の多くの作曲家達、例えばベートーヴェン、シューマン、ブラームス等に多大な影響を与えました。そのため、日本ではバッハのことを「音楽の父」と呼んでいます(これは日本独自の呼び方のようですが)。
その一方で、「G線上のアリア」や「主よ人の望みの喜びよ」等、誰でもが口ずさめるような美しい旋律を沢山生み出した、稀有なメロディーメーカーでもあったのです。
本日は、バッハがクラヴィーア(ピアノが発明される以前の鍵盤楽器)やオルガン用に作曲したオリジナル曲から、様々な人達が手掛けた編曲に至るまで、幅広くバッハの世界をお楽しみいただければと思います。さらに、後半では、リスト等の作曲家がバッハへのオマージュとして、BACH(音名:B♭-A-C-B)の主題に基づいて作曲した作品も披露させていただきます。
● プログラム Program
1. 目覚めよと呼ぶ声あり BWV.645 (バッハ)<連弾>
Wachet auf, ruft uns die Stimme BWV. 645 (Bach)
「目覚めよと呼ぶ声あり」はカンタータ第140番の題名ですが、その中で特に有名になった第4曲「シオンは物見らの歌うを聞けり」を、後にバッハがオルガン用に編曲したのがこのBWV.645です。
カンタータの原曲では、ヴァイオリンとヴィオラによる印象的なユニゾンを背景に、テノールがコラールを斉唱します。ここでは、xxxxxxがピアノ連弾用に編曲した版で演奏します。
2. 羊は安らかに草を食み BWV.208 (バッハ)<連弾>
Schafe konnen sicher weiden BWV.208 (Bach)
この曲もカンタータからの編曲です。カンタータ第208番(狩猟のカンタータ)の第9曲として歌われるアリアで、「良き牧人が見守るところ、羊たちが安らかに草を食む。統治者が優れている地では、安息と平和が訪れる。」といった内容です。
原曲はリコーダーによる愛らしい導入の後、ソプラノが大らかにアリアを歌います。ここでは、メアリー・ハウがピアノ連弾用に編曲した版で演奏します。
3. トッカータ ホ短調 BWV.914 (バッハ)
Toccata e-moll BWV.914 (Bach)
トッカータとは、イタリア語の「触れる」という言葉から来ており、もともとは演奏家が指慣らしのために最初に弾く即興的な曲を指していましたが、その後名人芸を披露するための曲を意味するようになりました。このホ短調のトッカータは、ゆっくりした導入部、アレグロの2重フーガ、アダージョ、3声の速いフーガの4つの部分から成り立っています。即興的でファンタジーに溢れる曲です。
4.
幻想曲とフーガ イ短調 BWV.904 (バッハ)
Fantasie und Fuge a-Moll BWV.904 (Bach)
厳格な対立法の手法を駆使した、かなり規模の大きいクラヴィーア曲です。
前半は荘重ながらロマンチックで美しい幻想曲。 後半のフーガは対照的な2つの主題が別々に開始され、その後両者が重ねられて壮麗な2重フーガとなって終結します。
5.
パルティータ 第1番 BWV.825 (バッハ)
Partita 1 BWV. 825 (Bach)
パルティータとは元来は「分けられたもの」という意味のイタリア語で、ドイツ伝わって「組曲」(Suite)と同じ意味で使われる様になりました。バッハのパルティータ(全6曲)は、古典的な組曲で使われる4つの舞曲(アルマンド、クーラント、サラバンド及びジーグ)の他に、スケルツォやカプリッチョといった舞曲以外の曲も組み入れた、かなり自由な構成となっています。
第1番は、その典雅で明るい曲想により6曲の中で最も親しまれているもので、プレリュード、アルマンド、クーラント、サラバンド、2つのメヌエット、ジーグの7曲から成ります。
Brandenburgische Konzerte 3 BWV.1048 (Bach)
「ブランデンブルク協奏曲」は、ケーテンの宮廷楽長だった38歳のバッハが、ブランデンブルク辺境伯クリスティアン・ルードヴィヒに献呈した6曲の協奏曲集です。
楽器編成は曲ごとに大きく変わりますが、第3番は弦楽器(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロおよびコントラバス)と通奏低音で演奏され、管楽器は使われません。
明朗でリズミカルな第1楽章の後、軽快で躍動感に満ちた第2楽章が続きます。
ここでは、マックス・レーガーが連弾用に編曲した版で演奏します。
7. コラール前奏曲“来たれ、創造主、精霊なる神よ”BWV.667 (バッハ= ブゾーニ)
Komm, Gott Schopfer, Heiliger Geist BWV.667 (Bach=Busoni(arr.F.Busoni))
コラールはルター派教会において歌われる賛美歌です。また、「コラール前奏曲」は、コラールが斉唱される前に、そのコラールの主題を基にオルガンによって演奏される曲のことです。バッハは数多くのコラール前奏曲を作曲していますが、ここではその中から2曲を、ピアニストで作曲家・教育者でもあったブゾーニがピアノ用に編曲した版で演奏します。ブゾーニの編曲は、ピアノの特性を活かした実に華やかものとなっています。
オルガンの原曲(BWV.667)は、最初に定旋律(コラールの基礎となる旋律)がソプラノ声部によって歌われ、その後バス声部が登場する二重コラールとなっています。
8. コラール前奏曲“今ぞ喜べ、愛するキリストの信者たちよ”BWV.734 (バッハ=ブゾーニ)
Nun freut euch, lieben Christen gemein BWV.734 (Bach=Busoni(arr.F.Busoni))
オルガンの原曲(BWV.734)は喜びに満ちたクリスマス・コラールで、ソプラノ声部が16分音符で軽やかに駆け巡る中、テノール声部が定旋律を奏でていきます。
9.“シャコンヌ”BWV.1004 (バッハ=ブゾーニ)
“Chaconne”Violin Partita No.2 BWV.1004 (Bach=Busoni(arr.F.Busoni))
シャコンヌは、「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調」の最後を飾る壮大な曲。深い精神性を湛えたこの曲は、バッハの、というよりも古今のヴァイオリン独奏曲の、まさに金字塔ともいうべき傑作です。
なお、シャコンヌは、スペインに起源をもつ舞曲で、冒頭に短い旋律・和音が低音部に現れ、それがその後何度も繰り返される中、多種多様な変奏曲が作られていく形式の曲です。 このバッハのシャコンヌも、冒頭の8小節でテーマが提示され、その構造がその後何回も繰り返される間に、巨大な構造物ともいうべき変奏曲が展開していきます。
ここでは、ブゾーニがピアノ独奏用に編曲した版で演奏します。ブゾーニの編曲は、バッハの意図を踏まえた、実に壮麗で格調高いものとなっています。
10. バッハの名による即興ワルツ (プーランク)
Valse Improvisation sur le nom de B-A-C-H (Poulenc)
多くの作曲家がバッハに敬意を表して、 BACH、即ち 変ロ-イ-ハ-ロ(音名:B♭-A-C-B)の4音の連続を主題にした作品を書いています。
1932年、フランスの音楽雑誌「ルヴュ・ミュジカル」がバッハへのオマージュとなる作品を、フランスとイタリアの5人の作曲家に依頼しました。プーランクとガゼッラの曲はこのようにして生まれたのです。
プーランクの「バッハの名による即興ワルツ」は、プーランクらしい、実に軽妙洒脱なエスプリに満ちた曲で、ホロヴィッツに献呈されました。
11. バッハの名による2つのリチェルカーレ (カゼッラ)
Due Ricercari sul nome B-A-C-H (Casella)
カゼッラは、パリ音楽院で学んだ後、ローマで活動したイタリア人作曲家・ピ アニストです。
この曲は、Funebre(葬送:ゆっくりしたテンポの重々しい曲)とOstinato (オスティナート:B-A-C-Hの音型を繰り返しながら徐々に高揚していく曲)の2つから成り立っています。
12. バッハの名による幻想曲とフーガ (リスト)
Fantasie und Fuge uber das Thema B-A-C-H (Liszt)
1855年メルゼブルク大聖堂のオルガンの落成式の為にオルガン曲として作曲され、その後1871年にピアノ演奏用に編曲されました。
BACHの主題が全曲を通じて何度も形を変えながら登場しますが、それが単なる技巧の披露に留まらず、深い精神性を感じさせるところにリストに偉大さが現れています。