「チラシ」に戻る

曲目解説 (三輪 壮一)

詩と音楽

詩と音楽、それはお互いに無くてはならない、とても親密な関係です。そもそも音楽の誕生は、抑揚をつけて言葉を唱えることから始まったと言われています。また、英語の「ミュージック」の語源となっているギリシャ語の「ムーシケー」は、本来は詩と音楽と舞踏の3つを包括した概念なのです。

古代ギリシャのホメロスの2大抒情詩「イーリアス」と「オデッセイア」の朗唱に始まり、中世の吟遊詩人達(トルバドゥールやミンネジンガ―等)の活躍、そして時代は下ってゲーテやハイネの詩に作曲したシューベルトやシューマン、そしてヴェルレーヌやボードレールの詩に作曲したドビュッシー等、詩は常に音楽と共に、また音楽は常に詩と共に有り続けてきたと言えるでしょう。

本日の曲は、作曲家が詩に音楽を付けたのではなく、詩から得たインスピレーションを音楽として表現したもの、言い換えれば詩を音楽に翻訳したものです。リスト、ラヴェル、ラフマニノフといった錚々たる作曲家達が、人一倍鋭い感受性をもって、詩からどのような霊感を受け、それをどのように音符に移し変えていったのか、お手元の訳詩を参考にされながら、思い巡らしてみてはいかがでしょうか。

最後に演奏される「バレエ組曲 くるみ割り人形」は、詩そのものではありませんが、メルヘンチックな物語を音楽にしたもので、チャイコフスキーの「音による翻訳」をお楽しみ下さい。


フランツ・リスト (1811-1886)

ペトラルカのソネット 第47(S.161-4) ・ 第104(S.161-5)  (1839年頃)

リストがイタリア滞在中に作曲した「巡礼の年、第2年イタリア」(全7曲)の内、ペトラルカのソネットに題材を求めた曲は第47番・第104番・第123番の3曲である。

フランチェスコ・ペトラルカはイタリア・ルネッサンスの抒情詩人で、彼の『カンツォニエーレ』というソネット(イタリアの14行の定型詩のこと)から3篇が題材として選ばれている。

47番は、恋に囚われた心情を、静かな情熱を込めて切々と歌ったもの。

104番は、恋に落ちた喜びと苦しみの二面性を歌うもの。抑えきれない感情の高揚を分散和音で巧みに表現しており、その甘美でロマンチックな曲想ゆえに単独で演奏されることが多い。

メフィスト・ワルツ 第1番(S.514) 1856-1861

リストが、同郷の詩人ニコラウス・レーナウの詩から霊感を得てピアノ曲として作曲したのが、このメフィスト・ワルツ第1番である。リストはさらにオーケストラ(管弦楽)版として、「レーナウの〈ファウスト〉による2つのエピソード第2番“村の居酒屋の踊り”」も作曲している。

リストは、メフィスト・ワルツを計4曲作曲しているが、ピアノの華やかな技巧が楽しめるこの第1番が最も有名で、演奏される機会が多い。

曲の元となった詩のあらすじは以下の通り。

「ファウストとメフィストフェレスは、農民たちが踊り集う居酒屋に現れる。メフィストフェレスは楽士からヴァイオリンを取り上げ、憑かれたかのようにワルツを弾き始め、農民たちがそれに合わせて乱舞する。ファウストはマルガレーテという娘を連れ出して森の中に入ってゆく。開いた扉から、ナイチンゲールの鳴き声が聞こえてくる。」

モーリス・ラヴェル (1875-1937

夜のガスパール (1908年)

ラヴェルはルイ (アロイジウス)・ベルトランの詩集 『夜のガスパール レンブラントとカロ 風の幻想』 から3篇を選び、その幻想的で怪奇的な詩の内容をピアノで忠実に表現しようとして作曲した。極めて高度な技巧を要する作品である。

1曲「オンディーヌ」Ondine 

水の動きを表現する右手の繊細なアルペジオ(分散和音)に乗って、優雅で幻想的なメロディーが浮かびあがる。オンディーヌ(水の精)が男性に求愛するも断られ、涙を流した後、水滴となって消え去る様子を実に緻密な書法によって表現している。

2曲「絞首台」Le gibet 

葬送の鐘の様なオクターブの和音が終始鳴り響く中で、夜の北風、町に鳴り響く鐘の音、絞首刑となった人の亡骸などの不気味な音が交わる。実に暗澹たる死の世界を描いている。

3曲「スカルボ」Scarbo

悪戯好きの妖精スカルボが、部屋の中を目まぐるしく飛び回る様子を描いている。技巧的に極めて難しい曲で、ラヴェルはこの曲について、当時最も難しいとされた「パラキエフの『イスラメイ』も凌ぐ演奏技巧が必要だ」と語っている。

ラフマニノフ (1873-1943

2台のピアノのための組曲第1番 作品5「幻想的絵画」 (1893)

ラフマニノフが20歳の時、4つの詩から得たインスピレーションをもとに作曲し、日頃から敬愛していたチャイコフスキーに献呈した(残念ながら、チャイコフスキーは初演の直前に亡くなっている)。

各楽章の冒頭に、作曲の着想を得た詩の一説がそれぞれ引用されている。

ラフマニノフの作品には、ロシアの鐘をモチーフとしたものが多いが、この組曲1番の第3楽章「涙」と第4楽章「復活祭」には、鐘の音が時には切なく悲しげに、時には重厚に奏でられて印象的である。

第1楽章  「舟歌」

  ロシアの詩人レールモントフの詩『ベネチア』の一節が引用されている。細かいパッセージで表現される、ただよう波のような伴奏に乗って、甘く悲しい旋律が初めは静かに、徐々に感情を高揚させながら華やかに美しく歌われていく。

第2楽章  「夜−愛」

 イギリスの詩人バイロン卿の詩が引用されている。単音で奏でられる旋律と、美しいアルペジオ(分散和音)が甘くかけあいながら開始される。ナイチンゲールの囀りが聞こえる。そして音楽は、華やかにかけまわる装飾的な音を伴いながら高揚していく。

第3楽章  「涙」

  ロシアの詩人チュッチェフの同名の詩が引用されている。涙が流れるように下降する4つの音符が、悲しげに何度も何度も繰り返されて演奏される。

ラフマニノフは、故郷ノブゴロドの聖ソフィア大聖堂の4つの鐘の音を、悲しみの象徴として捉えていたという。曲は感情の高ぶりを表すように徐々に音量を増し、やがて再び静かに終了する。

第4楽章 「復活祭」

  ロシアの詩人ホミャコフの同名の詩が引用されている。モスクワのクレムリンの鐘の音や、ロシア正教の聖歌「キリストは蘇り給いぬ」が印象的に演奏される。同じ音型を繰り返しながら、主題が力強く重厚な響きをつくりだしていく。

 

チャイコフスキー

 

バレエ組曲「くるみ割り人形」 作品71a

チャイコフスキーが作曲した三大バレエ音楽の一つ「くるみ割り人形」から、作曲家自身が8曲を抜き出して組曲に編成したもの。そのメルヘンチックで親しみやすいメロディーは人気が高く、クリスマスの定番曲としてよく採り上げられる。本日は、アラビアの踊りと中国の踊りを除いた6曲が、2台ピアノ用に編曲された版(エコノム版)によって演奏される。

1曲 小序曲 (Ouverture miniature)

おとぎ話のような可愛らしい主題で親しまれている曲。

2曲 行進曲 (Marche)

     子供たちがクリスマスツリーの回りを踊りながら行進する。実に可愛らしい行進曲で、組曲の中で最も親しまれている。

3曲 こんぺい糖の精の踊り (Danse de la Fee Dragee)

こんぺい糖の精とくるみ割り人形の王子が踊る。原曲は、当時発明されたばかりのチェレスタを最初に使った作品である。

4曲 ロシアの踊り(トレパック) (Danse russe Trepak)

     ロシア農民の踊りで、活気のある爽快なテンポが特徴の曲。

5曲 アラビアの踊り (Danse arabe): 本日は省略

6曲 中国の踊り (Danse chinoise): 本日は省略

7曲 あし笛の踊り (Danse des mirlitons)

アーモンド菓子の女羊飼いがあし笛を吹いて踊る。

8曲 花のワルツ (Valse des fleurs)

こんぺい糖の精の侍女24名が華麗に踊る曲。その優雅で美しい旋律により、クラシック音楽の中でも最もポピュラーな曲となっている。